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徒然寫眞館「明日も旅日和」へようこそ。
先日、沖縄病患者の私にあるウチナーンチュ達が口を揃えてこう言った。 「なんでそんなに沖縄がいいかなぁ~」と。
「やっぱり、沖縄はオバァでしょう。」
可愛くて、楽しくて、たくましくて、かっこいい沖縄のオバァは、鉄の暴風といわれた沖縄戦、その後のアメリカ世、そして本土復帰と激動の時代を力強く生き抜いてきた。 混沌とした時代に将来のベクトルが定まらない日本人にとって、そんな時代の荒波を生き抜いてきた沖縄のオバァの存在は、人生の指針にもなると言ったら大袈裟だろうか。
2006年、沖縄のオジィが長寿全国1位の座から転落しても、沖縄のオバァは全国1位の座に君臨し続けている。
沖縄のオバァの長寿を支えているのは、たくさんあるが、そのひとつが「お茶」。 大概、サンピン茶を愛飲しているが、カキやビワやバンシルー(グァバ)を使った健康茶づくりもやってのける。 またオバァは、フーチバー、アロエ、ニンニクを使った特性の万能薬も作ってしまう。 (何にでも使ってしまう、オロナイン軟膏やビップスデポラップもオバァの常備薬であるが・・・)
沖縄のオバァは、家以外にも、どこにでも出没する。 市場・食堂・銀行・病院・映画館・・・。そこで事件を起こし、笑いを起こし、ほのぼのとした空気をつくる。 沖縄のオバァをとりまくエピソードや伝説は枚挙にいとまがなく、本にもなり、TVドラマにもなり、映画にもなった。
沖縄の笑い話の主人公は間違いなくオバァである。
沖縄在任中に経験したオバァとの遭遇。 消化器系の病院の待合室でのこと。 隣に座った宜野湾からきたというオバァ。
「だぁ、食べなさい。ニーサン」
と大きな手提げ袋から取り出してきたものは、ソフトボール大の「サーターアンダギー」。 それをティッシュに包んで渡してくれる。 (どういうわけか沖縄のオバァ達は、ティッシュペーパーにおやつを包むくせがある。黒糖もクッキーも、天ぷらも・・・)
これから診察なのだが、せっかくの好意を素直に受ける。
それをたいらげると、すかさずオバァの次の攻撃。 「はい、ナーヒンカメー(もっと食べなさい)。アチコーコー(熱い)のサーター」と、くだんの大きな手提げ袋から、大きなサーターアンダギーをティッシュに包んでもうひとつ差し出す。 聞けば、朝、作ってきたのだそうだ。
次に出してきたものは、大きなペットボトルに入った、オバァお手製のカキの健康茶。 オバァの手提げ袋は、まるでドラェもんの「四次元ポケット」状態である。
そしてオバァが言い放った言葉は「オバァのお茶を飲めば、医者はいらんよ」。
しかしその後も、宜野湾からきたオバァは毎日のように病院へ通っている。
場をわきまえない他との不協和音が醸し出す笑い。 そんなほのぼのとした天才芸人のオバァ。 過去の歴史に翻弄されても力強く生きてきたオバァはどんなことでも明るく笑いとばせる。
そんなオバァに逢いたくて、これからも沖縄通いが続く。
(写真は、今日も店番をする牧志公設市場のオバァ。公設市場周辺には、工事用一輪車にゴーヤーやナーベラーの野菜や、時期が来るとマンゴーを乗せたオバァが出没する。店と店の間に座り込んで臨時店舗を出す。いったい所場代は、どうなっているのだろう?今日もまた新しいオバァ伝説が生まれる。)
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